ヤンソンの誘惑

江上種英さん(江上料理学院主幹。昭和60経)

Anchovy(アンチョビ)
 デンマークからスウェーデンに向かうフェリーには、たくさんの人々が乗っていたが、埠頭に着き、私達が入国審査をしているうちに、いつのまにか、みんなは静かな町に吸い込まれていた。雨の玄関口マルメは、スウェーデン第3の都市とは思えないほど静かで、低くたれこめた雲の下にひっそりとした佇まいを見せている。
一抹の寂しさと人恋しさをおぼえていると、とあるレストランが目にはいった。中に入ってみるとテーブルの上にはスモーガスボードが広げられている。スモーガスボードとは「パンとバターのテーブル」という意味だが、実際には過去の歴史に深く根づいた美味、珍味が並べられているもので、各々がお皿に好きなものを取り分ける。その中でもニシンは様々な種類が色々に料理されている。
この中に「ヤンソンの誘惑」という不思議な名前の料理があった。この由来は、19世紀のスウェーデンにエーリク・ヤンソンという狂信的な宗教家がいた。彼は信徒たちを連れ、アメリカのイリノイ州にビショプヒルという町を造った。ヤンソンは動物の肉は絶対に口にしなかったのだが、ある日この料理を見てしまい、そのあまりに食欲をさそう香りに、こっそり食べてしまった。しかしその現場を信徒に見つかり、信望を大いに損ねてしまったという。
真実かどうかはわからないが、ビールとアクアビットを傾けつつ、そんな話を想像するだけでも楽しい。レストランを出ると、白夜の街角からヤンソンがそっとこちらを覗いているような気がした。
HOW TO COOKING
ヤンソンの誘惑
1.たまねぎは薄い輪切りにし、軟らかくなるまで炒める。
2.じゃがいもはせん切りにし、水にさらしておく。
3.焼き皿にバターを塗り、水気を切ったじゃがいも、その上にたまねぎ、その上にアンチョビというように重ねていく。
4.上にパン粉とバターを散らし、牛乳と生クリームを合わせて温めたものを上から注ぐ。
5.200度Cのオーブンで45分焼く。