マリク(王様)のスープ

江上種英さん(江上料理学院主幹。昭和60経)

MALOKHEYA(モロヘイヤ)
 エジプトのアスワンは、ナイル川の東岸に位置する町だ。ナイル川に沿って町が細長く広がり、スーク(市場)には、色とりどりの香辛料と大量の野菜が並んでいる。そんな喧騒をぬけて、川沿いに上流に歩くと、オールドカタラクトホテルがあらわれる。
挨っぼい熱気の中に、場違いなほど優雅な雰囲気でたたずむこのホテルは、アガサ・クリスティーの「ナイル殺人事件」の舞台となったことでも有名だ。彼女が宿泊し執筆した部屋は、プレートが飾られスイートルームとなっている。
川に近いホテルのテラスからは、緑豊かな中州・エレファンティネ島を望み、その向こうは西岸、すなわち「砂漠・死の国」だ。砂の海にアガハーン廟や古代の貴族たちの墓群がひろがる。岩窟には、いまでも時をこえて、無数の人骨のかけらが散らばっている。気温は、垂直に降り注ぐ太陽で、時には50度を超え、夜は急激に低下する。砂漠の気候は人間のエネルギーを確実に奪っていく。古代エジプトでは、王が体調不良になると、モロヘイヤをスープにして食べていた。
名物のスープをオーダーしてみよう。私は灼熱のなかでの遺跡めぐりで、体が疲れはてていたのだ。濃いグリーンで粘り気のあるスープは、のどに心地よく、スゥーとはいっていく。遺跡にしずむ夕日をながめているうちに、熱風は心地よい川風に変わっていった。水上ではフルーカとよばれる帆掛け舟が、あめんぽうのようにすいすいとすべっている。体にもエネルギーが戻ってきた。モロヘイヤは厳しい自然と向き合う人間のために、神々が与えた食べ物なのだ。
シックなホテルに灯りがともるころ、「死の国」からの冷気があたりをつつんでいた。
HOW TO COOKING
マリク(王様)のスープ
1.モロヘイヤの葉を摘み取り、塩を入れた熱湯で茹でて水にとる。
2.にんにくと1を細かくみじん切りにする。
3.2にブイヨンを加えて煮詰める。
4.生クリームを加え、塩、こしょうで味をととのえる。