理学部から誕生『マイトルビン』で切り拓くアンチエイジングと創薬
実施日 2025年7月16日(水) 理学部生命科学科研究室
出席者 学習院大学理学部生命科学科 柳 茂教授
株式会社マイトジェニック 代表取締役 谷若 慶人氏
聞き手 理学部同窓会 吉野誠 真船貴代子
2023年4月、学習院大学理学部生命科学科 柳 茂教授の研究成果を基盤に、大学発ベンチャー「株式会社マイトジェニック」が誕生しました。同社は、加齢と深く関わるミトコンドリア研究から見出された新規成分「マイトルビン」を軸に、サプリメントや入浴剤といった製品を通じて“身近なエイジングケア”を提案するとともに、創薬開発にも挑戦しています。
2025年春には、マイトルビン入浴剤を用いたイベントが都内29ヶ所の銭湯で同時開催され、研究成果が地域社会へと広がる姿も話題になりました。今回は、基礎研究から社会実装、そして創薬や老化克服を見据えた挑戦の背景について、柳教授とマイトジェニックの谷若社長にお話を伺いました。
- 「研究は、面白くってやめられない」──柳教授の原点と、マイトルビン発見のきっかけ
- 学習院への赴任で高まった創薬への関心、そして起業へ
- 創業当時の資金難と、理学部同窓会との出会い
- 研究も事業も、人とのつながりを大切に
- 病気の治療薬開発と老化克服を目指して
1.「研究は、面白くってやめられない」──柳教授の原点と、マイトルビン発見のきっかけ
――柳先生はこれまでのインタビュー記事で、「研究は、世界で一番初めに真実を見ることができる宝探し」「研究の世界こそコミュニケーションが大事。いろいろな人の意見を聞き、知恵を出し合い、調整していく能力は不可欠」と話されていました[1][2]。2006年にミトコンドリアに存在する酵素「MITOL(マイトル)」を発見されてから今日に至るまでの研究の原点と一貫した考え方について、また学習院大学に来られてからの変化について、お聞かせください。
柳 今でもまったくその通りだと思っています。私が研究の面白さに出会ったのは、医学部の学生の頃です。当時、講義では病気の名前や症状など暗記すべきことが山ほどあり、正直あまり面白さを感じていませんでした。そんな中、早い時期から生化学の研究室に出入りする機会があり、世界中でまだ誰もやっていないテーマに挑んでいる先生方と出会いました。
その研究が病気の原因を明らかにし、治療法につながる可能性がある――そんな話を聞いたとき、本当に胸が高鳴りました。恩師から「この発見は教科書に載るかもしれない」と言われたことも強く印象に残っています。

当時、私が所属していた福井医科大学(現・福井大学医学部)の研究室では、がん遺伝子がコードするタンパク質に注目し、新しいチロシンキナーゼ(タンパク質のチロシン残基をリン酸化する酵素)の探索を進めていました。食肉処理場に足を運んで牛や豚の臓器や血液を分けてもらっては、そこからタンパク質を精製して、目的の酵素活性を追いかける日々でした。
1週間1ヵ月かかって精製したけれど、途中で活性を見失ってまた最初からやり直す、そんな試行錯誤を何度も繰り返しました。ようやく電気泳動のバンドから有力な候補が絞り込まれ、当時助手だった先生が中心となり、数年かけて「Syk(シック)」という酵素の発見に至りました[3][4]。
免疫分野の教科書にも載るようになったこの成果をもとに、今ではその阻害剤が白血病やリウマチの治療薬にもつながっています。私もいくつかの論文で共著者となっていますが、何十年も経って自分の研究が社会に役立っていると知ることは、研究者冥利に尽きます。
研究は「発見そのもの」よりも「発見に至る過程」が面白い。師匠の西塚泰美先生(プロテインキナーゼCの発見者)も「研究は面白くてやめられないでしょう」と口癖のようにおっしゃっていました。私もまさにその通りだと感じています。医学部から研究に来る学生は、医師免許を取ったり学位を取り終えると臨床の道に進む人が大半ですが、西塚先生にそう言われると「ハイ!」と言って基礎に進む人が結構多かったですね。
――谷若社長は、そうした柳先生の研究観をどのように感じてきましたか? 谷若社長は、柳先生の前任校(東京薬科大学)のご出身ですよね。
谷若 私は実は柳研究室の出身ではなく、当時柳先生のところで博士課程の大学院生をしていたT君(現・大阪大学助教)の紹介で柳先生と出会いました。どちらかというと応用研究に興味があり、卒業研究も国立がん研究センターで行った自分は、柳先生の研究内容はおろか、柳先生のことも名前を知っている程度でした(笑)。
そんな感じで基礎はあまりわからない状態でしたが、当時柳先生が製薬企業と進めていた漢方由来成分の研究を通じて、ミトコンドリア研究に関わるようになりました。「マイトルビン」の研究もそこからスタートしました。
そしてある日、マイトルビンを雄マウスに投与し、その精子を顕微鏡で観察したところ、マイトルビンを与えなかったマウスに比べて精子が活発に動く様子が見られました。

「もしかすると、マイトルビンは薬になるかも」と思った瞬間でした。柳先生にそのデータを見せたところ興味を持ってくださり、柳先生の下でしっかりとした基礎研究の枠組みに乗せていただき、現在の研究につながりました。
柳 私は長く基礎研究一筋で、その美しさというか、先ほど言ったような「教科書に載る仕事」に心から魅了されてきたので、応用は壁が厚いと感じていました。in vitro(試験管内)で効果があってもin vivo(生体内)で効くとは限らないし、私たち基礎研究者は「なぜ効くのか」を先に知りたがるものです。
でも、谷若くんの実験でマウスの精子が活発になる様子を見て、「これは人にも効くかもしれない」と直感しました。薬はまず効くことが大事で、メカニズムは後から解明すればいい場合もある──そう思わせてくれた出来事でした。
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