インタビュー 未来へ ー 学習院大学発ベンチャーの挑戦 ー


5.病気の治療薬開発と老化克服を目指して

――柳先生の目標として「創薬」を掲げていらっしゃいますが、具体的にはどのような応用を検討されているのでしょうか。

柳  私個人としては、まずは「ミトコンドリア病」と呼ばれる指定難病の治療薬を開発したいという思いがあります。ミトコンドリア病は、ミトコンドリアDNAの変異などが原因でミトコンドリアが機能不全をきたすことで、脳や心臓、骨格筋といった臓器の機能低下が生じる病気です。根本治療は確立されておらず、ミトコンドリアの活性化を通じて、この病気の治療に貢献できればと願っています。

一方で、病気ではないけれども、加齢や生活習慣で元気が出ない方々も多くいます。そうした方々の活力やモチベーションを高めることにも、大きな社会的ニーズがあると感じています。「ミトコンドリアの活性化」という視点から、日々の生活の質を向上させる製品やサービスを、入浴剤やサプリメントの延長線上に生み出したいですね。

最近は国の研究予算でも、病気の治療に限らず、予防をはじめとした「健康寿命を延ばす研究」が重視されるようになり、我々の研究もまさにその方向性に合致しています。いま言ったような研究開発を通じて、人々が社会で生き生きと活動し続けられることに貢献したいと考えています。

――最後に、理学部同窓会の皆さんに伝えたいことを一言ずついただけますか ?

 今後は、学習院理学部のOB・OGの皆さんとも、より幅広い分野で連携していきたいですね。生命科学、化学、物理学など多様な専門性をもつ方々と組めば、たとえば「ミトコンドリアの状態を測定するデバイス」など、新しいアイデアが無限に広がります。学習院発のプロジェクトとして、母校に還元できる成果を作りたいと思っています。

また、これからは研究や事業の進展を、できるだけわかりやすい形でお伝えしたいと考えています。会社としては、現在「マイトルビンポータル」という学術サイトを運営していますが、今後は私たちの最新の取り組みに加えて、世界で起きているミトコンドリア研究の大発見を、動画コンテンツも交えて紹介する場を作りたいと考えています。

学術情報サイト「マイトルビンポータル」[8](マイトジェニック社提供)


たとえば最近、「がん細胞は、自身が持つ壊れたミトコンドリアを“毒饅頭”のように免疫細胞へ送り込み、自分を攻撃する免疫細胞を疲弊させる」という仕組みが日本の研究者によって解明され、英国の学術誌『ネイチャー』に掲載されました[9]。

これまで、がん細胞の多くはそのエネルギー産生にミトコンドリアを使っていないことが分かっていました。いわゆる解糖系という仕組みを使って、グルコース(ブドウ糖)からエネルギーを作り出している。にも関わらず、なぜがん細胞が必要のないミトコンドリアを後生大事に持ち続けているのかが謎だったんですね。この発見は、がん細胞が壊れたミトコンドリアを免疫細胞に送り込んでいるということへの驚きと同時に「だからがん細胞は、使ってもいないミトコンドリアを手放さないのか!」という納得がありました。こうした話題を、図解などを交えて一般の方にも理解できる形でお届けしたいですね。

ーーとてもおもしろい話ですね。柳教授の10分講義、みたいな形でぜひ実現して欲しいなと思います。谷若社長は、いかがですか?

谷若 老化やアンチエイジングは、多くの方が一度は関心を持ったことのあるテーマだと思いますが、その背景にミトコンドリアが密接に関係していることをご存じの方はまだ多くありません。実際には、認知症やパーキンソン病、サルコペニアをはじめ、なかには生死に関わる疾患にも関連しているのですが、その社会的な認知度も十分とは言えないのが現状です。

私たちの事業を通じてミトコンドリアの重要性を広く知っていただき、そうした認知が進むことで、皆さまの健康寿命の延伸やQOL(生活の質)向上に貢献できればと願っています。その点、技術交流会へのご招待やこうしたインタビューの機会をいただけて本当に嬉しく思います。

理学部同窓会の皆さまとのご縁を大切に、一つひとつ実現していけるよう努力してまいります。

ーーいろいろミトコンドリアに関する話題はつきませんが、あっという間に予定した時間が参りました。私たちがなかなか聞けないことを分かりやすく、またとても興味深いお話をありがとうございました。この続きを、その後どうなったかをまたじっくりと聞かせていただきたいと思います。

インタビューを終えて 2025.7.16    
中央左:柳茂教授 中央右:谷若慶人社長

(左:同窓会・真船貴代子 右:吉野誠 )


[引用文献]

  1. “研究は宝探し 柳 茂”, リバネス「研究応援プロジェクト」,2007/11/13
    https://lne.st/2007/11/13/yanagishigeru/ (2025/08/26 参照)
  2.  “【名物教授訪問】老化を食い止める酵素を発見した教授は、医学部を留年して研究者へ ベンチャーも設立”, 朝日新聞 Thinkキャンパス,2024/11/24
    https://www.asahi.com/thinkcampus/article-111157/ (2025/08/26 参照)
  3. Sakai K et al: Characterization of partially purified cytosolic protein-tyrosine kinase from porcine spleen. Biochem Biophys Res Commun, 152: 1123-1130, 1988(Sykタンパク質精製の論文)
  4. Taniguchi T et al: Molecular cloning of a porcine gene syk that encodes a72-kDa protein-tyrosine kinase showing high susceptibility to proteolysis. J Biol Chem, 266: 15790-15796, 1991(Syk遺伝子クローニングの論文)
  5. Sato M et al: Mitorubin, berberrubine-based compounds that improve mitochondrial function, exhibit cardioprotective effects against age-related cardiac dysfunction. bioRxiv 2025.05.01.651794; doi: https://doi.org/10.1101/2025.05.01.651794
  6. 理学部同窓会だより『想』第20号(2023年5月発行)
  7. 理学部同窓会だより『想』第22号(2024年5月発行)
  8. https://mitorubion-portal.studio.site
  9. Ikeda H et al: Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment. Nature, 638: 225-236, 2025(がん細胞によるミトコンドリア移送に関する論文)