関西桜友会 平成30年11月度 二木会開催報告

平成30年11月度の二木会を次の通り開催致しました。

1.日時    平成30年11月8日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「デンマーク留学記とクリスマスオーナメント制作」
3.講師    近藤佳代氏(平成10年大文英卒)
          在学中にデンマーク政府奨学金留学生として短期留学。
       卒業後、デンマーク・スカルス手工芸学校に留学し、帰国後は作品展や教室を開催し、手工芸の魅力を伝えている。
      「デンマークに昔から伝わる刺繍のある小箱」の著者。
4.出席者 29名

(講演の要旨)
大学在学中に通っていた英語学校の第2外国語で、デンマーク語に興味を持ち、
留学してからは手工芸に興味を持った。
現在は松屋銀座等で手工芸の教室を開催。
また手芸雑誌等で作品を紹介している。

デンマークは九州ほどの面積で山がなく自転車王国と言われる。
人口は578万人で世界でも有数の福祉国家である。
ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器やレゴブロックが有名。
観光ではバイキングの博物館などがある。

料理「スモーブロー」はサーモン、エビ、肉などを乗せたオープンサンド。
「フレスケスタイ」はクリスマス料理の定番で、
皮付き豚肉のローストに紫キャベツの煮込みとジャガイモを付け合わせる。
その他、デニッシュ(クロワッサン生地のパン)やベリーのケーキもおいしい。

オーフス大学のサマーコース(3週間)を契機に、1998年10月から
手工芸を学ぶためスカルス手工芸学校へ1年2か月留学した。
全寮制(一部通学)で機織り、洋裁、刺繍、革工芸、小箱制作等を学ぶ。
機織りではランチョンマット、マフラー、ブランケットなどを制作。
刺繍は日々の生活の中からモチーフを見つけ、それに合わせたステッチで制作。
時にはワイヤ、綿を使用しながら立体的に表現することもある。

(文 新道正雄、講師加筆)

講演の後半にデンマークならではの「紙で作るクリスマスオーナメント」を制作。

井元俊秀氏(昭和35年大政治)から近藤佳代氏へ記念品の贈呈

関西桜友会 平成30年10月度 二木会開催報告

平成30年10月度の二木会を次の通り開催致しました。

1.日時    平成30年10月11日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「旧制高校とパブリックスクール」
3.講師    安西敏三氏(昭和47年大法政卒)
        慶應義塾大学大学院法学研究科にて法学博士号を取得。
        甲南大学教授(専門は日本政治思想史)
        昨年春より甲南大学名誉教授
4.出席者 25名

(講演の要旨)
 旧制高等学校とは、帝国大学に入るためのエリート養成学校であった。第一(東京)から第八(名古屋)までの所謂ナンバースクールと呼ばれた3年制の高校に加えて大正7年の改正高等学校令で公私立も設立可能な7年制高等学校が創立され、官立の東京や公立の浪速、富山、府立に加えて私立の甲南、武蔵、成蹊、成城が設立され、大阪や姫路などの官立の3年制も各地に設けられ、所謂ネームスクールと呼ばれた。学習院も、宮内省所管ながらこの時に他の高等学校と同様となり、8年制ながら7年制を本体とする官立の高等学校の一つと扱われた。旧制高校生は、当時、同年代男子の0.54%、多い年でも0.97%にしか過ぎなかった。

旧制高校はイギリスのパブリックスクールに準えられ、高校によってはそれに範を求めた。その教育は、ウィンストン・チャーチル2世によれば「これ以上の辛苦・屈辱・恐怖はないと確信させて人生に備えさせる学校」として位置づけられていた。寄宿制、下級生への監督制、古典語(ギリシア・ローマの文学、哲学、歴史)修得、宗教学、集団スポーツの奨励などに徹していた。

学習院でも西洋古典や教養が重視されたかもしれないが、履修科目としては他の高校と同様、英・独・仏の語学がギリシャ・ラテン語に代わるものであった。政治・軍への関心は乃木希典の教育に代表されるように、明治期の高校に顕著にみられたが、大正期にはむしろ白樺派に見られるような個性を重んじる教養主義に移行し、安部能成の説く人格主義が広く行きわたることになる。

パブリックスクールが重視した団体スポーツは人格形成のための徳育として旧制高校でも生かされた。旧制高等学校の生活は、東洋豪傑風文化から西洋風文化に変遷していった。西洋流の知識・教養・人格主義が儒学の説く道徳的修養に入れ替わったのである。旧制高等学校で学ぶ知的教養教育は、帝国大学での実学主義教育を経て、社会に出ると卒業現象を見るに至り、教養は単なるアクセサリー化し、時代や社会に対する警鐘の糧に成り得たかは疑問である。教養主義的人格の維持は社会では持続しなかったのが一般的であったのである。

福沢諭吉の手になるものかは明らかではないが、英国のパブリックスクールを経てオックスフォードやケンブリッジの学寮での会食や個人指導を伴う紳士養成教育システムは、確かに高等教育卒業時における学力において米独仏、あるいは日本に比して劣るといえども、卒業後も高尚な気風(ノーブルフィーリング)を培うべく生涯に亘って学び続ける素地を提供しているとのことである。「人と交わるのはこのフィーリングを養成するにあり」が福沢の考えである。中でも学生との会食が持つ徳育を含む教育的効果は旧制の甲南や成蹊に見られ、甲南や一高の校長、さらには学習院の旧制時教授経験を持ち新制時には顧問ともなった天野貞祐が着眼することになり、天野が第3次吉田茂内閣の文部大臣の時に決まった日本の教育における小中学校の給食制度を設ける契機ともなった。

(文 新道正雄  講師加筆)

 講演開始前の会話の中で、安西講師から学生時代の所属ゼミについて質問を受け、川北洋太郎先生の憲法ゼミと返答したところ、安西講師は、川北先生の外書購読を受けられたとのことであった。「カール・シュミット(ドイツの法学者で、川北先生が講義の中でよく引用されていた)ですか?」とお聞きしたところ、ドイツ語で原書を読まれたとのこと。安西講師は昭和47年3月卒業、私は同年4月入学で在学期間に重複はないが、同じ恩師に学んだという共通点があることで急に親近感が増し、恩師が引き合わせてくれたご縁のようなものを感じた。

(文 木口久喜)

 

ご講演中の安西敏三氏

本年5月度の講師・吉村典久氏(大阪市立大学大学院教授・経営学博士 右から2人目)から安西敏三氏へ記念品の贈呈。
本年7月度の講師・河村敏介氏(元住友重機械工業・専務執行役員・法学博士 右)も加わり博士3人が揃った。

 

関西桜友会 平成30年9月度 二木会開催報告

平成30年9月度の二木会を次の通り開催致しました。

1.日時    平成30年9月13日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「乃木希典・静子の語られ方―『軍神夫妻』の神格化と『忘却』―」
3.講師    片山慶隆氏(平成11年大文史卒)
                       一橋大学大学院法学研究科博士課程に進学。法学博士。

            修了後は、早稲田大学政治経済学術院助教などを経て、現在は関西外国語大学・英語国際学部准教授。
      専門は日本近代史(特にメディア史)。
4.出席者 27名

(講演の要旨)

 日露戦争の旅順攻略戦を指揮したことで有名な陸軍大将の乃木希典(1849-1912)は、明治時代から現在までさまざまなメディアで取り上げられ、著名な歴史上の人物である。一方、希典の妻で、ともに明治天皇大葬の日に殉死した乃木静子(1859-1912)は、一般的に名前が知られているとは言い難い。だが、戦前期の静子は、「軍神の妻」として神格化され、彼女に関する書籍が少なからず出版される有名人だった。

 静子を顕彰する書籍は、彼女の没後に登場した。静子は、武士の妻として恥ずかしくない最期を遂げた「烈婦」として注目された。彼女は、大将夫人とは思えないほど質素で謙虚であり、誰に対しても優しく、それでいて勝典・保典の二子が日露戦争で戦死した折にも涙をほとんど流さず、毅然としていた「純日本的古武士の妻」と絶賛された。没後1ヵ月にして、非の打ちどころのない神格化された存在となり、日本女性の模範としての静子像が形成された。当時は良妻賢母主義への批判や疑問の声も上がっていたが、彼女を模範として人々の中には、そのような社会風潮を批判し、乱れた社会を改める良い機会として静子の殉死を捉えている者もいた。

 1913年以降は、模範的母・妻としての静子像が定着し、神格化が進んだ。この時期も、婦人参政権獲得運動を批判し、女性はあくまで家庭で役割を果たすことを説く保守的な女性観を持つ人々によって、静子は祀り上げられている面があった。ただ、1909年に静子が満洲を訪れた際、墓碑に息子たちの名前を見つけて号泣したエピソードが紹介され、情にもろい母としての一面があったことが明らかにされた。そして、1929年以降は、乃木夫妻をよく知る人々によって人間味のある「等身大」の姿が語られるようになり、静子像は大きく変化する。彼女は、子どもの教育を心配し、息子が戦死した際には取り乱して、しばらく外出できないほど打ちひしがれた普通の母親だったことがわかったのである。さらに、日中戦争の進展に伴い、母性が強調され、息子思いの母として静子は語られるようになっていく。

 だが、アジア・太平洋戦争後になると、静子を扱った書籍はほとんど出版されなくなる。彼女の生き方は戦後の価値観や時代状況とは合わなかったため、次第に忘れられていったのである。

(文 講師)

ー 乃木希典と学習院について ー

 明治41(1908)年に学習院の目白移転を機に、6棟の寄宿舎が建てられ、開寮と同時に第10代乃木希典院長は総寮部内の一室に起臥し、学生と寝食を共にしてその薫陶にあたったと伝えられている。
 昭和47年昭和寮入寮当初、歌の訓練で覚えた5曲の内、学習院寮歌「大瀛の水の3番目に当時の寮生活の様子がうかがわれる。

 皇城の北目白台  芙蓉八朶(はちだ)の秀麗を 窓に含める六寮(りくりょう)の
 健児三百雄々しくも 朝な夕なに競ひつつ 高き理想をたどるなり

(文 木口久喜)

 

会場の様子

講演中の片山慶隆氏

本年7月度の講師・河村敏介氏から片山慶隆氏(写真右)に記念品の贈呈

 

関西桜友会 夏季親睦ゴルフコンペ開催報告

関西桜友会夏季親睦ゴルフコンペを下記の通り開催しました。

1.開催日  平成30年7月26日(木)
2.会場   神戸ゴルフ倶楽部(1903年に英国人貿易商A.H.グルームによって六甲山上に造られた日本最古のゴルフ場)
3.競技方法 ダブルペリア方式
4.参加人数 17名

盟友校・成蹊大学から3名の他、京都、和歌山、徳島各地区の会員にも参加いただき、名門・神戸ゴルフ倶楽部にてゴルフの腕前を競いました。

連日の猛暑続きにもかかわらず、当日は幸いにも曇天で、神戸の港と街並みが見渡せる庭園のように美しい高原コースでプレイを楽しみました。

プレイ終了後には、表彰式、会食(すき焼き)を行い、ゴルフ談議に花を咲かせ、親睦を深めました。

本コンペの開催に際し、寺西良夫大会会長(昭和31年大政治、今回はご欠席)より多額のご寄付を賜りました。厚く御礼申し上げます。

 

伝統あるクラブハウスを背景に全員で記念撮影。


 

関西桜友会 平成30年7月度 二木会開催報告

平成30年7月度の二木会を次の通り開催しましたので報告致します。

1.日時    平成30年7月12日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「裁判員裁判の現状と問題点」
3.講師    河村敏介氏(昭和36年大政治卒)
        住友重機械工業株式会社専務執行役員、日本スピンドル製造株式会社社長を経て
       現在 一般社団法人 関西BNCT医療センター理事 法学博士

4.出席者  22名

(講演の要旨)
裁判員制度は、平成21年(2009年)5月から施行された。本年4月で裁判員裁判は12,951件、参加した裁判員は83,663人となった。裁判員の選出は、選挙名簿から無作為に20歳以上の候補者に調査票を送り、弁護士や自衛官・警察官・国会議員等法律で決められた除外者および辞退者以外の対象者から、「選任手続期日」に出席を求める。

施行以来9年間で「選任期日」に出席した人は310,719人。ただし、出席率は、平成21年当初の84%から同29年では64%と毎年減っている。一方、裁判員裁判による判決件数は11,077件あり、有罪率は97%を占め(大正陪審裁判の無罪率17%との比較)、その内容は死刑35件、無期懲役211件、それ以下の刑罰及び無罪86件となっている。(数字はH30年4月最高裁速報より)

裁判員制度の問題点はいくつかある。
①判決は、6人の裁判員と3人の裁判官が合議し、多数決で決定されるが、必ず最低1人の裁判官の同意を必要とする。
②裁判員栽判の判決を控訴審・上告審で審理するとき、職業裁判官が一審判決(裁判員裁判)を破棄・自判する事案が増えている。一般国民から選出された裁判員の判決を職業裁判官のみで審理し判決を下すのは実質的に国民の司法参加の意味が無くなるのではないかとの疑問が出ている。

事例として寝屋川三女殺害事件(H24・3・21大阪地裁判決)千葉大学女学生殺害事件(H23・6・30千葉地裁判決)。
特に控訴審では破棄する場合は原審に差し戻すのを原則とすべきではなかろうか。
③最高裁も当初の判決で示したように裁判員の参加する裁判体の判決を尊重するためにも刑訴法400条適用を判決か、見解で示すべきではなかろうか。
④長期化する裁判(いわゆる100日栽判)は、裁判員の職務従事日数が大幅に増え多大な負担となり辞退率の増加を助長する(長期事案では、最長207日の裁判もあり)。
⑤裁判員の評議内容には、厳しい守秘義務が課されている(懲役6か月、罰金50万円以下)。しかし裁判員経験者の感想・意見・提言を広く公表するほうが、国民の関心を呼び、生きた裁判員制度の検証を可能とし、良き司法の実現につながるのでは?
⑥わが国では、検察官のみが公訴(起訴)する権限を持っている。その権限裁量は、裁判所の審理事件を独占的に選別できる。国民の民意を反映させるには、出口の裁判員制度と同じく、入口の検察審査会にも裁判官と同じような権限を持つ裁判員と同等の権限を審査員に与え参加させるべきではないか?[検察審査会と裁判員制度の表裏一体論]

最後に、これら裁判員制度を、憲法の基本原理である国民主権の具体的行使として義務であると同時に権利として国民一人一人が支え発展させることが必要と考える。

(文 新道正雄 講師加筆)

中山伊知郎一橋大学初代学長の教えである「学問は一生のものだ。」を自ら実践し、72才で神戸大学大学院に入学、法学博士号を取得されたこと、また、日本スピンドル在任中に社を挙げてJR事故被害者救出に奮闘された際のお話し等もお聴かせいただき、あっという間の1時間であった。
(JR福知山線脱線事故:平成17年4月25日、塚口―尼崎駅間で発生した列車脱線事故。乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷した。)

事故が工場のすぐ傍で起こったため、操業を止めて、約500人の従業員が救出活動に従事。死傷者があまりにも多く救急車のみでは搬送が追いつかなかったため、自社のトラックの荷台に負傷者を乗せて病院まで救急搬送したこと、また事故の際、家族との連絡用にと被害者に貸し出した社員所有の多くの携帯電話が、お礼の手紙や菓子折り付きで全数戻ってきたというお話しには感動した。

(文 木口久喜)

 

会場の様子。
学習院大学、神戸大学大学院共に河村講師と同窓の大阪市立大学大学院教授・
吉村典久氏も出席。(手前テーブルの右から2人目)

本年11月度の講師・近藤佳代氏(左)から河村敏介講師へ記念品の贈呈

関西桜友会 平成30年6月度 二木会開催報告

平成30年6月度の二木会を次の通り開催しましたので報告致します。

1.日時    平成30年6月14日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「日本寺の話」
3.講師   北河原公敬氏(昭和37年高等科卒) 関西桜友会会長、東大寺第220世別当、印度山日本寺竺主
4.出席者  35名

(講演の要旨)
インドは、仏教発祥の地でありながら、13世紀のイスラム侵入により仏教徒が激減した(2001年の国勢調査では、ヒンドゥー教徒が81%を占め、仏教徒は800万人で0.8%)。第2次大戦後、ネール首相は「釈尊ご成道の聖地ブッダガヤに国際社会を建設し、数次の世界戦争を経験してきた人類の末永い国際融和と平和の拠点としよう」とするプロジェクトを策定し、みずから率先して各国に呼びかけて廻った。

その仏教八大聖地のブッダガヤ遺跡に、「印度山日本寺」を日本仏教界が創設し、今年開山45周年を迎えた。本堂は、1973年にブッダガヤで6番目の外国寺院として落成した。その運営・維持は宗派を超えて「(財)国際仏教興隆協会」が組織され、諸宗派の若い日本の僧侶が現地スタッフと共に日夜お勤めをしています。北河原関西桜友会会長は、2016年7月に第6代目の日本寺竺主に就任されました。

この日本寺では、30人の現地スタッフとともに社会福祉事業も推進しています。①ブッダガヤ近隣のインド人に、光明施療院が医療・投薬・外来診療を行っています。 ②菩提樹学園は、1977年の開園以来、地元の貧困家庭の子供(定員200人)を対象にした、給食付きの無料教育施設活動をしています。 ③施療院内の資料室は、基幹図書館として蔵書を公開中です。他にも、旅行困難者に対するサポート活動も行っています。

協会としては、現地日本寺における、①駐在僧の募集、②護持会員の募集、③医療福祉事業への支援等の活動サポートを協力要請しています。

(文 新道正雄)

 

講演中の北河原会長

三枝名誉会長(左)から北河原会長へ記念品の贈呈

平成5年卒業会員のリードで院歌を斉唱

関西桜友会 平成30年5月度 二木会開催報告

平成30年5月度の二木会を次の通り開催しましたので報告致します。

1.日時    平成30年5月10日(木) 18時30分~20時40分
2.テーマ  「競争戦略の立案・実施の勘所-「誰に」、「何を」、「どのように」売るか?」
3.講師   吉村典久氏(平成3年大経営卒) 神戸大学大学院経営学研究科 博士(経営学)
                       和歌山大学経済学部長を経て、現在は、大阪市立大学大学院 教授 (和歌山大学名誉教授)
4.出席者 25名

(講話の要旨)
講演では、企業の経営戦略の要諦とビジネスモデルの構築のあり方について、お話し頂きました。
経営戦略と言えない経営指針としては、①売上目標を「単に一兆円」などと提示するもの②新規事業本部の立ち上げなど組織いじり③企業の経営環境及び資源の分析に終始すること④検討委員会の増殖や人材育成プログラムの提案などが挙げられる。戦略立案に際しては多様なアプローチからの検討が必要である。アプローチには例えば、ポジショニングやゲームと呼ばれるアプローチや、5~10年後に必要となる資源の蓄積に繋がる学習アプローチなどがある。

事業コンセプトの構築に際しては、人・モノ・金・情報を6W1Hにあるように誰に(顧客)、何を(価値)、いかに(仕組み)の観点から組み合わせることが要諦である。例えば、テレビ上市後のハリウッドの映画戦略やフィットネスジムに置かれたベンチ等の設置など、自らの商品・サービスが提供する「価値」をうまく捉えての事例にはことかかない。パナソニックの”B to B”ビジネスは「誰に」、つまり「客を選ぶ」ことをうまくなし遂げた事例である。

ビジネスモデルの構築に際しては、ゼロから構築する方法よりも、同業他社または異業種からヒントを得てベンチマークすることが求められる。ジレットの替え刃、コダックのフィルム、プリンターの消耗品、こうしたビジネスの儲けの仕組みには共通性がある。ヤマト運輸の宅急便事業も、外食業界など異業種からのヒントを得て誕生した事業である。
(文 新道正雄  講師加筆)

講演中、「戦略実施に向けて(カリスマ性があれば・・・)」で紹介された、小倉昌男氏の「経営学」が興味深かった。
深刻な経営危機に直面していたヤマト運輸において、価格の厳しい大口顧客から小口宅急便に、全役員の反対を押し切り経営路線を変更した二代目社長・小倉昌男氏の決断力、カリスマ性は素晴らしい。コストがかかる個人相手の輸送はリスクが高く不可能というのが業界の常識だったが、郵便局の小荷物窓口で列をなす光景を見て、一軒がたまに出す荷物ではなく、地域全体として C to C の物量をとらえビジネスを成り立たせるマクロ的視野での慧眼、更に、当時の運輸省の規制行政に風穴を開け全国津々浦々にネットワークを張り巡らせた不屈の精神力はさすがに大経営者であると感じた。
(文 木口久喜)

 

講演中の吉村教授

講演に聴き入る出席者

吉村教授へ記念品の贈呈

全員で院歌斉唱。吉村教授の今後益々のご活躍を祈念しエールを送る。

 

関西桜友会 平成30年4月度 二木会開催報告

平成30年4月度の二木会を次の通り開催しましたので報告致します。

1.日時    平成30年4月12日(木) 18時30分~20時30分
2.テーマ  遺言を使って節税しましょう
3.講師   田中耕司氏 (昭和50年大法政卒)大阪国税局、住友信託銀行を経て、税理士法人日本税務総研 代表税理士
      東京、大阪、名古屋に事務所開設。税理士14名、弁護士1名体制で相続税申告、相続コンサルティング等の業務を展開
4.出席者 31名

(講演の要旨)

相続、遺言、遺留分及び自宅財産の相続と節税策について、お話し頂きました。

相続しても貧乏になる人がいる。①「地価が安く地代を生まない地方の土地」を大量に相続した人(固定資産税の負担だけが生じ、相続前より手元現金が少なくなる。)や、②逆に相続財産が「地価の高い都市部の屋敷だけで金融資産がほとんどない」場合、相続税の納税に苦労して、遺産をたくさんもらっても、お金がない生活が始まる相続人がいる。
遺言は、書き方を学校で習った人はいない。それゆえ、遺言を書く人は増えているが、全く役に立たないポエムのような遺言も珍しくない。遺言は財産明細をきちんと書かなければならないので健康で体力があるうちに書くことが重要。土地建物は住所ではなく所在地や面積を正確に書くこと。誰に何を「相続させる」か、具体的に自筆で書くこと。文末は必ず「相続させる」と書くこと。書いた遺言は専門家に見てもらっておくことが重要。
相続人が相続した不動産を売ったり、物納したりする場合、境界確認を経た測量図があると助かる。使っていない地方の土地は早めに処分を。
余計な税金を払わないためになにより重要なことは、自宅の敷地の課税価額が最高330㎡まで8割減額される特例(小規模宅地)を使えるようにすること。特に「配偶者が先に亡くなっている人」は工夫が必要。生前に子どもや孫に贈与する人は多いが、財産が多い場合は、相続税の税率を確認して大胆に贈与すると効果的。相続時精算課税制度は使わない。贈与は不動産より現金。総じて、ベテランの税理士によく相談することが重要。最近「自称相続税の専門家」が多いのでご注意を。

(文 新道正雄 講師加筆) 

講演中の田中耕司氏 

今回のテーマに強い関心を持つ方が多く会場は満席となった。 

藤森春樹氏(昭和22年高男旧卒・藤森耳鼻咽喉科院長)から講師の田中耕司氏へ記念品の贈呈。
藤森大先輩は91歳の現役耳鼻咽喉科医(医学博士)で、同じく耳鼻咽喉科医のお嬢様とご一緒に姫路からお越し頂きました。

関西桜友会 平成30年3月度 二木会開催報告

平成30年3月度の二木会を次の通り開催しましたのでご報告致します。

1.日時    平成30年3月8日(木) 18時30分~20時30分
2.テーマ  最新の大相撲事情について
3.講師   北出幸一氏 (昭和55年大文国卒)元NHK宇都宮放送局長
                     
株式会社NHKグローバルメディアサービス スポーツ事業部 エグゼクティブ・プロデューサー
      「NHK G-Media大相撲中継」編集長
4.出席者 24名

講話の要旨

講演では、3月11日から始まる春場所の見どころと優勝候補及び期待される力士について、お話し頂きました。
最近話題となっている、貴乃花親方が理事候補選挙で2票しか取れなかった。審判委員と一門の利害も絡み、役員を落ちると今後どのような展開となるか?
初場所で関脇栃ノ心は、けがで落ちた幕下から幕内に戻って平幕優勝を成し遂げた。2連覇となれば大関昇進の声も浮上する。大関の豪栄道、高安、関脇の御嶽海及び若手有望株の阿武咲、貴景勝、北勝富士、復活した逸ノ城と遠藤などが、2横綱休場の中、優勝争いとなるだろう。
大相撲の次世代のエースして、新十両の炎鵬、貴公俊及び新入幕でそろって三賞を獲得した阿炎と竜電が期待されます。

(文 新道正雄)

 

講演中の北出幸一氏

 

講演に熱心に聴き入る出席者の皆さん。
写真右下は、北出幸一氏が編集人の「NHK G-media大相撲中継(春場所展望号)」

 

荒西義昭氏(昭和33年大政経)から北出幸一氏(右)へ記念品の贈呈

関西桜友会 平成30年2月度 二木会開催報告

平成30年2月度の二木会を次の通り開催しましたのでご報告致します。

1.日時    平成30年2月8日(木) 18時30分~20時30分
2.テーマ   メディアに見る男女共同参画 ~ 明治から現在へ
3.講師  佐伯順子氏 (昭和59年大文史卒)東京大学大学院総合文化研究科 比較文学比較文化専攻博士課程修了 学術博士
           同志社大学社会学部メディア学科・大学院社会学研究科 博士後期課程教授
4.出席者 25名

【講話の要旨】

講演では、明治以降、女性の職業進出にかかわる状況と男女平等及び共同参画について、お話し頂きました。

明治維新が成立して、教育改革も重要政策とされた。教育方針としては、今までの身分上の不平等を否定し、華士族農工商において婦女子の就学を重視した。ただ、その女子教育は良妻賢母の養成を目標としていた。

明治38年の新聞記事では、近代の婦人職業として例えば、電話交換手、助産婦、医師、看護師、新聞記者などが新しい事務職、専門職として紹介されていた。男女平等の芽生えからは、教育の機会均等、人権意識の台頭、女性啓蒙の高まり、女性のための婦人医師などが新聞にとりあげられた。一方、富国強兵の下に兵隊の負傷者を支える看護師の社会的価値も重視された。

女性の子育てと仕事の両立は、明治以前の庶民では当然のこととして行われていたが、明治末から大正にかけての「男性一人稼ぎ手モデル」の登場により、専業主婦化が進んだ。その影響により、現在の日本でも、OECD の男女共同参画では114位と後退しており、むしろ明治女性のほうが、自己実現目的というよりも、人間の義務として生計を担い、結婚、出産後も働いていた。働く母についての情報も、明治の新聞のほうが肯定的である。日本社会のワークライフバランスの歪みは、男性の過労死や自殺という男性の不幸ももたらしているので、「働き方改革」により、男女ともに仕事と生活を充実させる社会制度の構築が求められているのではないだろうか?

(文 新道正雄 講師加筆)

明治の新聞を通じて女性の社会参画の実例を紹介頂いた中で、特に、ご主人が司法試験に合格するまで髪結いで生計を支え、弁護士になってからも、自身は仕事を続けた自立心の強い女髪結・愛子さんにカリスマ美容師としてのプロ意識を感じ取った。また、婦人病に悩みながらも男性医師への恥ずかしさから受診を躊躇した結果、症状が重篤になってしまう女性が多いことから、一念発起・猛勉強して女医になった荻野吟子さんも立派な女性だと思った。

(文 木口久喜)

講演に熱心に聴き入る出席者の皆さん

荒西義昭氏(昭和33年大政経)から講師の佐伯順子教授(右)へ記念品の贈呈

 

全日空OB・森松洋氏(昭41大法政)のリードで院歌斉唱。今回は、東京や山口からも出席頂いた。

出席者全員で院歌斉唱後、中村多加志氏(平3大経営)による佐伯教授へのエールの締めで会は大いに盛り上がった。

 

 

関西桜友会 平成30年度 新年会開催報告

平成29年度 評議員会・総会、並びに平成30年度 新年会を下記の通り開催致しました。

1.開催日時
   平成30年1月20日(土)16時30分~20時40分

2.会場
   帝国ホテル大阪 5階 八重の間

3.平成29年度 評議員会・総会 
   活動報告、決算・監査報告と承認、推薦評議員の承認、会長選出、幹事・世話人・監査役の委嘱が行われた。

4.新春講和
遠州茶道宗家十三世家元・小堀宗実様(昭54法法)を
お招きし、「日本の五感」と題した新春講話を賜りました。

5.平成30年度 新年会
北河原関西桜友会会長、学習院院長・内藤政武様、桜友会会長・東園基政様による年頭のご挨拶の後、法学部特別客員教授・岩田公雄様のご発声による全員での乾杯にて新年会が開会。
青蓮院門跡門主・東伏見慈晃様(京滋桜友会会長)ご夫妻、学習院専務理事・耀栄一様を来賓としてお迎えし、総勢約110名 が参加する華やかな雰囲気に包まれた 大宴会となった。

 

学習院院長・内藤政武様による年頭のご挨拶

 

    森松洋氏(昭41大法政)のリードで院歌を斉唱。

 

若手会員は壇上にて院歌斉唱。会は最高潮に達した。

関西桜友会 平成29年12月度 二木会開催報告

平成29年12月度の二木会を次の通り開催しましたのでご報告致します。

1.日時     平成29年12月14日(木) 18時30分~20時30分
2.テーマ  ~世界最高の技術力!~ 「日本美術の華・浮世絵の魅力」
3.講師   菅原真弓氏 (平成2年大文哲卒) 大阪市立大学 教授
4.出席者 32名

講演要旨

ご講演いただいた菅原様は、大阪市立大学の教授を務めておられます。浮世絵の鑑賞方法、版画の特質、制作過程及び芸術性についてお話し頂きました。

浮世絵は、日本美術で初めて「売り物」として制作された、いわば商品であったこと、それだけに制作時の時代背景、特に流行に左右されるものであったことを知った。絹や紙本に着彩された肉筆画の一点物が当初主流であったが、需要に応える形で、後には、一枚の原画から大量に複製できる版画が主流となっていくに至った。

「錦絵」は浮世絵版画に含まれることも学んだ。江戸時代の半ば、十八世紀の中頃に、鈴木春信が多色摺り版画の浮世絵を始め、これが「錦絵」と呼ばれている。

浮世絵版画の主題には、①美人画、②役者絵、③名所絵(風景画)、④武者絵、⑤戯画及び世相風刺画、⑥春画などがある。
浮世絵版画は、江戸時代の人々の興味や関心、そして暮らしを生き生きと映し出した媒体であると言える。街道を描いた名所絵では旅籠などの宿泊施設や土地の名産品なども描かれた。それに加えて、時代の空気に敏感に反応する媒体ゆえに、江戸末期の黒船来航や幕末維新期の諸事件などをも描き出し、メディアとしての役割を果たしていくことにもなっていった。

(文 新道正雄)

回、数多くの浮世絵をご紹介頂いた中で、歌川広重の「東海道五十三次・庄野白雨」は、激しい夕立の中、道を急ぐ旅人の情景がリアルに伝わってきた。斜めに強く降りつける雨、険しい坂道、背景の樹木のぼかしによる遠近法等、素晴らしい技法で描かれており、江戸時代によくぞこれほどに精緻な絵を作り上げたものだと思った。

浮世絵は幕末から明治にかけて大量に海外に流出し、それらが欧州の印象派画家であるゴッホやモネに多大な影響を与えたという。
11月に実施した大塚国際美術館バスツアーで鑑賞したモネの作品で、自分の妻に着物を着せ日本趣味が溢れる「ラ・ジャポネーズ」を思い出した。また、モネはアトリエの庭を日本庭園風にして名画「睡蓮」を描いたほどに日本に惚れ込んでいたようである。

浮世絵が西洋絵画の巨匠達に与えた影響の大きさを知るにつけ、これはまさしく世界最高の技術力だと講義を聴きながら実感した。

(4月の高畑新一氏の講演で、「第一次大戦中、鈴木商店ロンドン支店内の専用室を 拠点に、本業の傍ら美術品の収集活動を行った川崎造船所社長・松方幸次郎氏が、パリの宝石細工師アンリ・ベベールが40年かけて蒐集した浮世絵約8千点を買い取り日本へ移送したとの話を思い出した。いわゆる松方コレクションである。)

(文 木口久喜)

 

講演中の菅原教授

 

質疑応答の模様

 

畑中世話人から菅原教授へ記念品の贈呈